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文禄・慶長の役の史跡(佐世保)

須佐神社の神木(槙)の由来

文禄・慶長の役(文禄元年1592-慶長3年1598)の史跡

写真は、佐世保市の須佐神社にある御神木です。

文禄の役(朝鮮北部から明への侵攻1592-1593)では、秀吉からの命令により、平戸藩藩主松浦肥前の守隆信の子鎮信がは3000人の兵士を引き連れ、現在の北朝鮮-明で一番隊として戦ったそうです。
戦いは、日本軍の圧勝。理由は弓矢の飛距離が違ったこと。日本の弓矢の飛距離は140m、朝鮮軍の弓矢の飛距離は100mだったそうです。それと鉄砲の威力の違い。そして何より戦国時代を生き抜いてきた戦い慣れた武将が多数いたことが大きかったそうです。(佐世保史談会講演会より)

この由来書に記された慶長元年(1596年)は休戦状態の時期になります。
そして、慶長2年に講和交渉が決裂して、慶長の役(朝鮮南部への侵攻)が始まる訳ですが、松浦隆信は、子鎮信の朝鮮への再度の出兵を前に、戦勝奉告の参拝記念に、この槙の木を植えたようです。
厳しい戦いを経験し、子鎮信が今度は帰ってこないかもしれないという思いもあったかもしれません。

ここ須佐神社は、「須佐之男尊(スサノオ)」が祀られており、武将の守り神だったのだと思います。。

この樹齢400年の御神木、単なる神社の御神木ではなく、歴史的価値がある史跡だと感じました。。
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土葬のお墓

土葬のお墓

土葬のお墓です。

土葬の場合、当然一人で一つのお墓が必要になりますので、一家族だけでこれだけのお墓が必要になるのですね。

地域によっては、禁止されている場合もあるとのことですけど、現在でも0.数パーセントの方は土葬を行っているそうで、禁止になっている訳ではないようです。

広い墓地が必要なことと、衛生面を考慮し、火葬が一般的になったそうですが、それも昭和になってからの話だそうです。

最近では、珍しくなった土葬のお墓、野生のカノコユリ(佐世保市の花)が慰霊しているように見えました。。

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山住炭鉱跡(~昭和30年代)

山住炭鉱跡(~昭和30年代)

佐世保市白仁田町にある山住炭鉱のホッパーです。

ホッパーとは、炭鉱で掘り出した石炭を保管し、ロートのような部分から、下に準備した貨車などに落として、各地に輸送するための装置で、炭鉱の象徴的な建造物です。

ホッパーの炭鉱史跡はまだ各地に残っておりますが、なんら使用せず、管理せずの廃墟状態のものも多いように見受けられます。

しかしながら、ここのホッパーは、1F部分を改造し、駐車場に利用されています。
フレームしか残っていませんが、綺麗に保管されています。
活用しながら、保存し、語り継いでいく、、、このような保管方法もいいのかもしれません。。

炭鉱全盛期に沢山の炭鉱夫がこの地に住み、活気に溢れていた時代が偲ばれる史跡です。。

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栗の穂!

栗の穂

栗の穂です。

穂の根元にあるのが、栗の実の赤ちゃんですね。。
可愛いです。。

栗の穂は、食べられるそうです。特に小鳥が好むそうです。。
実際、本当です。。
翌日には、小鳥かなにかに食べられて、すっかりなくなってましたから。。

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井手平十郎供養塔

井手平十郎供養塔

高麗の役で戦死した井手平十郎供養塔です。
設置場所は、佐世保市中里町で、中里小学校付近、近くに調剤薬局があり、その裏手にあります。。

高麗の役、つまり元寇(げんこう)ですけど、鎌倉時代中期に、当時大陸を支配していたモンゴル帝国(元)とその支配下にあった高麗王国によって、二度にわたり行われた対日侵略戦争のことです。
一度目を文永の役(ぶんえいのえき・1274年)、二度目を弘安の役(こうあんのえき・1281年)といい、蒙古襲来ともいい、主に九州北部が戦場となったそうです。

そして、この供養塔。。
この地またはこの地に関わる方が戦死した証拠です。
このような供養塔が作られているのですから、井手平十郎は、きっと名のある武将だったのだと思います。

それと、供養塔が傾いていますけど、上部が落下してませんね。
一つの石から作られているからだそうです。手の込んだ作りですね。
この井手平十郎の功績が偲ばれます。。
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カブトガニの卵!

カブトガニの卵!

カブトガニの撮影を終了して休憩していますと、地元の方が「浜に卵があるから見るといい」っと言って頂きました。そっと、砂浜を覗いてみますと、そこには、黄色く光るまんまるいカブトガニの卵がありました。
直径3mm程の大きさで、50個程度ありました。産卵が終わった後、他のカブトガニが掘り返したのではないだろうか?ということでした。

カブトガニは、一日に300個の産卵を行うそうで、3日間かけて1000個の卵を産むのだそうです。ということは、前日に産卵が多かった日の翌日は、産卵を見れる可能性が高いということですね。。

未だに解明されていないカブトガニの生態の謎を解明して、カブトガニの卵を人工ふ化できるようになれば、絶滅から救えるのにと思ったりしました。。

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泳ぐカブトガニ!

泳いでいるカブトガニ!

カブトガニは節足動物で、外形から甲殻類だと思われるけれどそうではないそうです。カニよりはクモやサソリに近い動物だということです。意外でした。。
尻尾まで入れて、雌が60cm、雄が50cmぐらい。脱皮を繰り返し、大きくなるそうです。
伊万里のカブトガニとしては、世界最大種らしいです。
大人の雌と雄の見分け方は、雌はホバークラフトみたいに周囲が円形ですけど、雄は前方がくぼんでいて、雌にしがみつき易くなっているので、すぐに分かります。ただ、幼生は全く同じで判別不能らしいです。。

それと、カブトガニは、雌が前、雄が後で、常時行動しているそうです。
食事は、雌が捕獲し、半分食べて、残りを雄にまわすそうです。
移動も雌が行い、雄はどうも行きたい意向を雌に伝えているみたいです。。
何とも優雅な雄の生活ですね。

佐賀県伊万里市、岡山県笠岡市、愛媛県西条市にて、天然記念物に指定されており、
また環境省は絶滅危惧I類に指定している、大変貴重な動物なのだそうです。
4億年前からほとんど進化してない生きた化石・カブトガニ。
これからも生き続けてほしいと願いながら撮影しました。。

(2013.7.24/伊万里市多々良海岸にて撮影)
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海上自衛隊佐世保史料館

海上自衛隊佐世保史料館

海上自衛隊佐世保史料館には、海上自衛隊や大日本帝国海軍に関する史料が満載です。特に7階の映像ホールのビデオがいいです。現在の戦力など良くまとまってますね。。

それと、第二次大戦時、日本軍は敵の空母や戦艦を攻撃目標にしていたが、米軍は海軍工廠(武器製造工場)を攻撃目標にしていたことが、勝敗を分けた一因との記載に興味を持ちました。兵器工場をたたかれると復旧に時間が掛かるのに対し、戦艦空母をたたかれても一時的なものだということなのでしょう。。工作機械も貴重品だった時代ですから今とは事情が違うと思いますが、面白いです。。

また、内部の撮影はXでしたので、建物の写真しかありませんが、面白い記事が多いです。。

戦後、日本軍は、重要書類を焼却して、証拠隠滅させたらしいですが、それでも比較的問題ない資料はアメリカの手に渡り、その後返却され、現在私達はその資料に基づいて、調査などできるわけですけど、失われた資料が無い状態で、どこまで信用できる資料なのかは分かりません。

もしどこかで、失われた資料のコピーが発見されれば、この史料館の掲載内容も変わるかもしれない、などと考えながら、勉強させていただきました。。

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美しい景観の小さな漁港(牽牛崎)

牽牛崎の小さな漁港

牽牛崎の小さな漁港です。
引き潮の時に撮影しましたので、島の岩肌が露わです。。
ここは、西海国立公園内の漁港ですので、美しい景観の中で生活できるので、素晴らしいです。

でも、良いことばかりではないのです。
この地は、岩礁が多く、この地に不慣れな方が船を出すと、座礁ということになります。漁業関係者は、海図をお持ちですから良いのですけど、ちょっとクルージングっていう方は、要注意の場所なのです。

「美しいものには棘がある」の喩えのとおりのようですね。。
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稚魚の群れ!水中カメラ

稚魚の群れ!水中カメラ

平戸の美しい海で撮影した水中写真です。
友人所有のコンパクトカメラ&ハウジングで撮影したものです。

近づいても、それほど早くはにげませんから、写真撮影できました。
群れの中にカメラを入れると群れが割れて、また一つのむれに戻ります。

群れで活動することで、全滅しないようにしているそうですけど、自然界で生きる生物の生まれながらに持っている知恵って凄いですね。
稚魚がかわいくって、ずっと眺めていても飽きない感じでしたー。。

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平戸の海!

平戸の海

平戸の海がこんなに美しいとは思っていませんでした。
自宅から車で1時間半。

たった1時間半で、この世のパラダイスみたいなところがありました。
ありえないくらい透明な海。

小魚がと一緒に遊べる場所です。
水中メガネを持って、行きましょうね。。

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人津久(ひとつく)の隣の美しい海水浴場!

人津久(ひとつく)の隣の美しい海水浴場!

人津久(ひとつく)海水浴場の隣に(根獅子の逆隣)美しい海水浴場を見つけましたー。
利用客が少なく、ほとんど貸切状態で、プライベートビーチみたいでした。

小魚がたくさん泳いでおり、水中カメラで撮影したり・・・
ここは、天国ではないかと思ったぐらい、素晴らしかったですね。。

でも、余りに天気がよく、こんがりを越えて真っ黒に日焼けしてしまいました。。
明日が、ヒリヒリで大変な気がします。。(笑)

海の水の透明度も半端なく、透きとおってました。
私の一押しお薦めスポットです。。

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発熱中のお天道様(おてんとさま)

発熱中のお天道様(おてんとさま)

発熱中のお天道様(おてんとさま)

NASAによると、今年太陽表面で大爆発が観測されたらしい。
どおりで、熱い(暑い)はずです。。

きっと、お天道様が風邪でもひいたんでしょう。。
早く、良くなって欲しいものですね。

<参考>
http://www.nasa.gov/mission_pages/sunearth/news/News051213-flare.html#.Uef3fqyXuV4
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西光寺の仁王像

西光寺の仁王像

西光寺の仁王像です。

仁王像といえば、法隆寺や東大寺の阿吽の像が有名だと思います。
口を開けたのが阿形、口を閉じたのが吽形となるそうですから、この像は、吽形の流れをくんでいるのでしょうか?

仏像を見ますと当時の方々のいろいろな憧れを感じます。

例えば、薬師如来像、左手に薬壺を持ち、病を直してくれます。
この仁王像にも、当時の権力者から自分たちを守ってくれる強い味方だったのでしょう。。

仁王像を眺めながら、昔の方々の思いを感じました。。

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ヨットクルージング!

ヨットクルージング!

ハウステンボスマリーナクラブ主催の「ヨットクルージング」に参加してきました。
開催は、7月13日と15日の2日間。。私は、15日に参加させていただきました。。

11時30分ごろ、ハウステンボスマリーナを出港して、大村湾をセイリングするのですけど、参加者全員が舵を握って操船させていただきました。風の方向を読んで、舵を操るのは、良い経験になったと思います。
参加費も無料で、こんなに素晴らしい企画はないのではないでしょうか。。

来年もこの素晴らしい企画があるとよいと思いました。。
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首無し地蔵

首無し地蔵

写真の中央の大きい像が六地蔵で、向って左下の小さなお地蔵様が、首無し地蔵です。

古い神社や観音堂に行きますと、首の無いお地蔵様が、今も沢山おられます。
これは、明治維新で神仏分離を行い、天皇が神の末裔だとし、神々(神社)を日本国の守護と考え、それ以外の宗教を廃滅させようとしたことで、このような首無し地蔵が生まれたようです。

当時は、現代とは大きく違い、自由は無かったわけですから、新政府が「神を信仰しなさい」と言えば、それに従う他無かったことは理解できます。
でも、例えばキリスト教だと、どんなに迫害を受けても、信心を捨てない、隠れキリシタンになったり、外国に行ったり、反乱を起こした歴史がありましたので、「仏教への信心」とは、当時どのようなものだったのかなあと思いました。

それとも、誰かが壊すように命令していたのでしょうか?

それにしても、今まで何かにつけお祈りしていたお地蔵様の首を切り落とすとは・・・
そして、現在もそのままになっているとは・・・

悲しい気持ちになりました・・・・
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ネムノキの花

ネムノキ

ネムノキの花が咲いてました。。

長くて沢山のピンクオシベとそれよりさらに長い白いメシベが特徴。
花びらは、無いみたいです?おしべとメシベだけ・・・
面白い花ですね。。

オジギゾウの葉は、触ると閉じますよね。
ネムノキの葉は、夜になると、眠るかのように、閉じるんです。
そこから「眠りの木」とよばれ、次第に「ねむのき」になったそうです。。

不思議な木なので、気になりました。。


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菰田ダム(佐世保市民の最初のダム)

菰田ダム

菰田ダムの写真です(1週間前に撮影したもの)。

佐世保の水道の歴史は、岡本水源地に始まります。
明治33年海軍用として建設されましたが、佐世保市に分水という形で佐世保市民も水道の水が使用できるようになったようです。その後、市が排水管工事を行い、給水事業が始まりました。これは、全国で10番目に早かったそうです。と言いましても、一軒一軒の家で水道が使えたのではなく、共同水道という形で、利用者が料金を出し合って使う形でした。
明治42年に山の田ダム、昭和3年に転石ダムが建設されていますが、すべて海軍用でした。

この菰田ダムは、昭和15年竣工の佐世保市の最初のダムなのです。。
ダムの高さが40mあり、戦前の水道用コンクリートダムとしては、最も高いダムそうで、現存する重要な土木構造物2000選にも選ばれているそうです。佐世保市民のための最初のダムというところも素晴らしいと思いました。。

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六地蔵様「六道の救世主」

六地蔵

六地蔵です。
六地蔵は、仏教の六道輪廻の思想から、六道(地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、人道、天道)すべてを救う者として生まれたそうです。

六地蔵には、地蔵菩薩の像を6体並べて祀った六地蔵とこの像のように一つの像に六体の地蔵菩薩を彫ったものと二種類の六地蔵があるそうです。六体並んだお地蔵様か写真のお地蔵様を見つけたら、それは「六地蔵」六道の救世主様ですから、お手を合わせてくださいましね。。

このお地蔵様は、佐世保市の十文野町にある地蔵堂の横に設置されているものです。高さ30センチほどで小さいものですけど、昔は、台座に載って、笠もかぶっていたと思いますので、人の背丈ほどあったのではと思います。

大変素晴らしく貴重な地蔵様だと思い、ご紹介いたしました。。
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暑い夏に嬉しい激安80円自販機!

激安!80円自販機

暑い夏のオアシス!といえば自動販売機!ですよね。。
水分が欲しくて倒れそうな時、自販機は神の御恵みに見えますよね。。

ところで、この自販機、なんと80円~と激安なので、記念写真とっておきました。。
疑ったわけではないですけど、念のため、実際にペプシを購入してみました。
確かに100円入れて、20円お釣りがでましたので、この表示に嘘はないです。
ペプシとハイシーレモンの2種類が80円のようですよ。
他のも通常より安くされてました。。

場所は、佐世保市小佐々町の日本本土最西端の地の少し手前です。

小佐々の方の優しさ、伝わってきます。。
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ヤマキマダラヒカゲ?

ヤマキマダラヒカゲ?

翅に目玉みたいな模様がある種類が、ジャノメチョウというようです。
ジャノメ(蛇の目)模様の蝶ということでしょう。ジャノメ傘とか、家紋(加藤清正の家紋)など、蛇の目模様は、古くから日本人に親しまれている模様のようです。。

1970年にキマダラヒカゲ(ジャノメチョウの仲間)が「ヤマキマダラヒカゲ」と「サトキマダラヒカゲ」に分れ、その区別は分かり難いのですが、この個体は、翅の筋が太いので、ヤマだと思いました。

しかし、ヤマだとすると、目玉の色が黒くないので、珍しい種類では?と思います。あまり詳しくないので、よくわかりませんけど・・・

それにしても、蝶の季節ですね、さっき黒アゲハが自宅に遊びにきてくれました。旧跡や建物撮影の間に、昆虫撮影は楽しいです。。水と帽子を忘れないようにして、楽しく撮影しようと思います。。

最近、写真撮影で一番大切なことがわかってきました。。
1 熱中症対策(帽子、水)
2 蚊、蜂、蛇、猪、猿対策(長袖シャツ)
3 転倒、落下対策(ビブラムソールの靴)
4 盗撮と間違えられないような配慮(常に注意)
5 楽しく
絞りとか露出とか光、照明とかより、安全ですね。アマの場合、これ以外は、どうでもいい感じ。。
撮影してますと、かなり危険なシーンに出くわしますから・・・

弓張岳中腹にて撮影。。

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第四十三潜水艦殉難碑「誇りある武人の碑」

嗚呼第四十三潜水艦碑

嗚呼第四十三号殉難碑

第四十三潜水艦殉難碑は、弓張岳の中腹、長崎県佐世保市鵜戸越の公園の高台に設置されています。殉難碑のすぐ下まで、車で行くことができ、不便さはありませんでした。。

「第四十三潜水艦」は、大正10年6月に呉海軍工廠で竣工された、佐世保海軍鎮守府所属の潜水艦です。

大正13年3月19日、この潜水艦が、佐世保港外で襲撃演習中、運悪く、巡洋艦「龍田」と衝突してしまい、潜水艦中央部にある指令室が損傷し、浸水してしまいます。。
当然、破損した指令室等からは、一挙に海水が入ってきて、中央部分に居られた方々は即死状態だったと思われるそうですが、潜水艦は、浸水しても内部が分かれているため、先頭部分と末尾部分からは浸水せず、内部に生存者を残したまま、沈没してしまったという事故が発生してしまいます。

救助に向かった潜水夫は、潜水艦をコンコンと硬くと、中から、コンコンと返事があり、生存者の確認はできたそうです。しかしながら、大正時代の救助技術ですので、大きな潜水艦を簡単には引き上げることができず、潜水艦を引き上げたのは、1ヶ月後の4月19日でした。

残る酸素がだんだん減少していく中で、救助を待つのは、凄く辛かったと思います。でも、そのような状況の中、死に直面しながらも乗組員は一糸乱れず、従容として職責を尽くし、遺書を残して亡くなられたそうです。

この時代の日本人が如何に道徳上、精神上勇敢であったかが分かります。。

武士の時代は、既に終わったのでしょうけど、まだ精神的な部分は残っていたのだと感じました。
まさに「武人」ここにあり、ですね。

このような「誇りある武人」のお話は、風化させてはならないと思いました。。

第四十三潜水艦殉難碑は「誇りある武人の碑」です。。

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戸尾市場(佐世保の台所)

戸尾市場(佐世保の台所)

佐世保の台所、戸尾市場です。
魚屋、肉屋、花屋、沢山のお店が並んでいます。

このような市場が未だに閉店とならずに、
存続していることが奇跡と思います。
人と人との繋がり、ふれあい・・・

市場を愛する方々が、たくさんおられるのでしょうね。。

ほんとに素晴らしい市場だと思います。
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ヒメジョオンの花とベニシジミ

ヒメジョオンの花とベニシジミ

ベニシジミの写真です。私達にとてもなじみ深い蝶だと思います。
今日は、ベニシジミが大好きな花を調べてみました。。

ベニシジミは、ヒメジョオン「姫女菀」の花が大好きなようで、この花には必ず、ベニシジミが集まるようです。
この野菊みたいに可愛らしいヒメジョオンというお花(写真の花)、実は、要注意外来生物で、日本の侵略的外来種ワースト100の一つなのだそうです。

また、このヒメジョオンという花は、回りの白い花弁みたいな部分の一つ一つが花で、真中の黄色い部分も、多くの花の集合体なのだそうです。でも、これが問題らしく、1個体で47000以上の種子を作り、種子は35年の寿命を持っているということで、驚異的に増殖するそうで、日本での生態系を壊してしまうそうです。

イエシロアリ、チャバネゴキブリ、ネッタイシマカなど、要注意外来生物はたくさんきているようです。いなくなって欲しいですね。。
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オオチャバネセセリ!

オオチャバネセセリ

この写真のオオチャバネセセリは、佐世保の石盛岳山頂付近にて撮影しました。

セセリという言葉には、刺すという意味と首という意味があるそうですが、いずれにしても、面白い名前だと思いませんか。
この写真の蝶の特徴は、茶色い羽根に白い斑点と綺麗な青い毛で覆われている首だと思います。
それに少し、光ってますね。

今の時期は、いろいろな蝶を見つけられますので、山歩きも楽しいですね。。
雨があがったら、また登ろうと思います。。

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戸尾小学校の名残り!

戸尾小学校の名残り!

佐世保の小学校の歴史は、1874年(明治7年)「佐世保小学校」に始まります。
その後「佐世保小学校」は、「佐世保尋常高等小学校」となり、1904年(明治37年)に「佐世保高等小学校」が戸尾に移転し、「戸尾小学校」ができました。。
残った「佐世保尋常高等小学校」は八幡小学校という名称に変わり、現在は、保立小学校が統合と統合して、清水小学校になっています。

「佐世保小学校」ができた明治7年頃、佐世保は、人口1~2千人の小さな漁村でしたので、小学校は一つで十分と考えられていたのでしょう、だから学校名を「佐世保小学校」にしたのだと思います。

1889年(明治22年)7月1日に正式に佐世保鎮守府ができ、明治35年、佐世保市が誕生しました。このときの人口4万5千人。。一挙に人口が数10倍になったわけです。当然学校はキャパオーバーとなり、こうして誕生したのが「戸尾小学校」だったわけです。

このように歴史と伝統の戸尾小学校ですが、現在は、佐世保市立祇園小学校に統合され、現在はありません。戸尾小学校の旧校舎は、現在『させぼ市民活動交流プラザ』となって、地域活動の拠点として、再活用されています。

戸尾小学校跡地に行って、戸尾小学校の名残りを探してみたら、体育館に「戸尾小学校」の校章を見つけることができました。卒業生のために、残してくれているのだと思い、感激です。。
ちょっとした優しさ感じます。。

行政の担当の方、ありがとう。。

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ツマグロヒョウモン(雌)

ツマグロヒョウモンのメス

ヒョウモン(彪紋)蝶を見つけました。

黄色に黒の斑点、まさに豹です。
写真は雌のツマグロヒョウモン。

オスは、全面ヒョウモン柄なのですが、
メスは、前翅の先が、黒紫に輝き、また白のストライプがアクセントとなって、とても綺麗です。
ツマグロの「ツマ」とは、「端」のことで、翅の先が黒いという意味なのでしょう。
それからすると、つま先は、端の先という意味なのでしょうか?

ツマグロヒョウモンは、山を舞う豹のようでした。。

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佐世保の夜明け

佐世保の夜明け

九十九島に沈む夕日も良いが
港町の景色は、朝がいい。

潮風と薄明かりの街灯がいいのだ。
それと、朝は生命を感じる。

町が生きていて、人々が生きている
それが感じられるのが、朝だと思った。。

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岩下洞穴(県指定史跡)

岩下洞穴(いわしたどうけつ)縄文時代

佐世保近郊からは、多くの遺跡が発掘されています。特に泉福寺洞窟と福井洞窟は古く、1万2千年~1万3千年前の遺跡で旧石器時代の遺跡とのこと。この岩下洞穴は縄文時代の初期の遺跡で8千年前ぐらいの遺跡だそうです。

さて、この岩下洞穴で不思議に感じたのは、「洞窟内に居住空間と埋葬空間を作っていた」ということ。

こんなに狭い洞窟内に、どうして墓まで作ったのだろうか?洞窟の外に作ればいいだろうに・・・
それに「死」という概念が生まれたのは、いつごろなんでしょうか?

調べてみますと、ゴリラやチンパンジーにも、僅かながら死の認識があるそうですから、縄文人以前から死の概念があったのかもしれませんね。

埋葬場所ですけど、縄文時代初期は、居住地域の中央に墓地を作り、祖霊を核として、死者と一体となった生活が一般的だったそうです。その後、住居から離れた場所に埋葬するようになったそうで、この習慣が現代まで続いているようです。

当然、この時代は、土葬ですから、穴を掘って埋めていたか、土を盛ったか、いずれかだと思います。この場所は岩場ですから、穴を掘る技術はないと思いますから、盛り土ではないでしょうか?

縄文人の食事ですけど、イノシシ、ニホンジカ、アナグマ、ノウサギ、タヌキ、ニホンザル、ワシタカ、ヤマドリなどを捕って食べていたそうです。イノシシやニホンザルは、現在もよく見かけますが、ニホンジカもいたのですね。

余談ですけど、「しし」と言えば、イノシシをさしますが、「イ(猪)ノしし(肉)」という意味だそうです。昔は、ししといえば、「四足動物の肉」のことらしいです。つまり、昔は、イノシシは猪肉のことだったわけですけど、いつの間にか動物の名前に変わっていったようです。それと、同じく「かのしし」という言葉もあることをごぞんじでしょうか?

「か(鹿)ノしし(肉)」つまり、鹿肉のことですけど、昔は、いのしし、かのししを食べる習慣があったようです。「鹿の子(かのこ)」という言葉があるように、鹿は「か」とも読みますので分かりやすいですね。だんだん鹿を食べる習慣がなくなってしまったことから、現在では、鹿は「かのしし」とはならなかったようです。

また,カワニナや,ヤマトシジミ,ヤマタニシなどの貝類も見つかっています。近くの大野川から見つかったものでしょうけど、この時代は、現在よりもずっと海抜が低かったと思いますから、もしかすると大野川の河口付近だったかもしれません。

8千年前の佐世保を思い描きながら、遺跡を後にしました。。
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