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影桜(花の森公園)

春への絨毯

花の森公園(佐世保)へ行ってきました。。

桜の花びらが絨毯になってて、とっても綺麗。
まるで、桜の木が自分の影に花を咲かせたようです。。

(2013.03.30/RicohGXR+U.W.Heliar12F5.6)
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桜と干潮と針尾無線塔(国の重要文化財)

三本の針尾無線塔と桜
(画像の一部が隠れています。画像をクリックすると拡大します)

 針尾無線塔は、巨大な3本のコンクリート製電波塔で大正時代から建つ自立式電波塔としては高さ・古さともに日本一らしいですよ。高さ135mx2,137mx1です。大型クレーンとか無かったでしょうから、この時代にどうやって建造したのでしょうか?すごい技術です。。(国の重要文化財)

 撮影は、西海国立公園内の西海橋公園からです。桜と渦と青空が素晴らしかったー。。
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西海橋の桜

西海橋の桜

 海を背景にした桜。渦潮の白波がいい感じ。。それにピンクとブルーって結構素敵。。
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渦潮と観光船

渦潮と観光船

 渦潮の中を流されながら走る観光船。。時折潮に流されていたけど、これはたぶん演出でしょう。。だいたい30分ぐらいの遊覧時間のようです。。乗ってみたくなりました。。
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二つの西海橋と渦潮桜

二つの西海橋と渦潮桜

 今日の佐世保は、干潮が15:08ということで、桜と渦潮を撮影しに西海橋公園に行ってみました。天候も良く、渦潮を船から見ようと黄色い遊覧船もでており、春休みとあって、子ども連れの観光客が大勢きていて、大賑わいでした。ほんと今日は、春を感じながら、ゆっくりでき、とても素晴らしい一日でした。
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武雄神社の御神木の大楠(樹齢5000年・・・)

武雄の大楠

武雄神社の御神木です。根廻りは38メートルで全国第7位だそうです。本幹は空洞化し、中は12畳敷きの広さで、祭壇が祭られています。。

樹医さんが治療された際に樹齢5000年を越えているだろうという話もあったそうです。
5000年前であれば、縄文時代後期・・・
世界でいえば、四大文明の時代でしょ。。。

この巨樹は、その時代からこの地で生きているんですね。。。
すごいです。。

以上が、武雄の3本の大楠です。
どれも樹齢3000年以上で、長崎県、佐賀県では、ここ武雄市だけに、巨樹が存在することが不思議です。

武雄市、いにしえは、どのような町だったのでしょうか?
いにしえは、九州の中心地、大都会だったのかもとか・・・

巨樹は九州にまだまだ沢山あります。
全国上位20本の内、九州にある12本をまずは見て回りたいですね。。

http://www.kyoju.jp/100/
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塚崎の大楠(武雄・樹齢3000年超)

塚崎の大楠(武雄)

武雄市文化会館の近くにある「塚崎の大楠」は、樹齢3000年を越えると言われているそうですが、落雷のために幹の上の部分と中心部分のほとんどが欠けています。
それでも、根周りは38mあり、この状況となっても、木が生きているという、この生命力に感動しました。。
また、写真ではわかりにくいですけど、右側の木の枝は、大きく傾いており、それを幹がささえているのです。
中心が無い木に、どうしてこのようなことができるのか、謎です。。

そして、巨樹の内部の空間は、すごかったです。。
3000年を超えて、弥生時代にワープして、この楠の若木だったころを思い描いてました。。
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川古の大楠(武雄・樹齢3000年超)

川古の大楠
(画像の一部が隠れています。画像をクリックすると拡大します)

 武雄には樹齢3000年以上の大楠が三本あるということで、今日はその3本を撮影することにしました。

 三本の内の最大の巨樹が、写真の川古の大楠です。
 なんと、根回りは約30m、樹高が約25mもある巨樹なのです。。
 また国の天然記念物であり、根の部分付近には祠が祀られていました。。

 それから写真を良く見るとわかりますけど、幹部分に人の顔の形をしたコブが幾つも写っていたのには正直驚きました。。

 川古の大楠には、何かしらすごい威圧感が感じられたのですけど、もしかするとこれが原因だったのかもしれません・・・
 
 生物で3000年も生きているものは、数少ないというか、奇跡とさえ思えます。。

 (2013.03.25/NikonD7000+TokinaFisheye10-17F3.5-4.5)

 
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生月大橋と潮見神社(平戸市)

生月大橋

生月大橋と潮見神社です。

その昔は、離島でしたので、渡し船で渡っていたのでしょう。。
その後、橋がかかる前は、海上タクシー、フェリーに・・・
長い間、船の安全守ってきたのでしょうね。。

橋がかかった今は、何を守っているのでしょうか・・・

離島の生活の変化を感じます・・・

   (2013.03.23/FujifilmXpro1+U.W.Heliar12F5.6)
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山田教会の美しい祭壇や装飾品

山田教会内部

 山田教会の内部です。。美しい祭壇や天井、装飾品などがとても素晴らしい・・・
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山田教会の外観

山田教会外観

 山田教会の外観(入口付近より)
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聖母マリア像が祈る山田教会(生月島)

山田教会(平戸市生月町)
(画像の一部が隠れています。画像をクリックすると拡大します)

 山田教会も平戸近郊の教会同様、鉄川与助設計、鉄川組施工で、大正元年完成の教会堂だそうです。。
 当初は、前面が木造で側面は煉瓦という珍しい構造だったらしいですが、現在は、前面も鉄筋コンクリート造煉瓦張となって、新しい教会の印象となっています。
 どうして、前面だけ木造という教会にしたのでしょうか??宝亀教会のように、前面だけ煉瓦というなら、見栄え重視なのだろうと思うのですが・・・

 不思議です。。

 この山田教会は、現在煉瓦造であるのですけど、世界遺産暫定リストに含まれていません。
 多分、前面を鉄筋コンクリート造にしたり、塔を作ったり、側面の煉瓦も綺麗にしたりといったことが影響しているのでしょうか?教会内部は、昔の素晴らしいままなのですけれども・・・

 また、この山田教会にはルルドの泉はなく、聖母マリア像が置かれていました。。。。

 山田教会は、木造建築から煉瓦造への過渡期の教会なのかもしれませんね。。鉄川組の教会はどこも特徴があり、不思議がいっぱいで楽しいです。。

 今日は丁度、桜が満開で、一番美しい時期に訪問したようです。。

   (2013.03.23/FujifilmXpro1+U.W.Heliar12F5.6)
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両手を広げたキリスト像と三浦教会の不思議

手を広げたイエス・キリスト像と三浦教会(佐世保)
(画像の一部が隠れています。画像をクリックすると拡大します)

 私の地元である佐世保の三浦教会に行ってきました。幼少時代、歩いて数分のところに住んでいましたので、私にはお馴染みの教会です。また、この三浦教会は、早坂久之助長崎司教が推進した鉄筋コンクリート造教会で、昭和6年10月竣工らしいです。。
 また、教会横にルルドの泉があり、ルルドの聖母像もありました。。いつも思うことですけど、このルルドの泉がある教会と無い教会とがあるのですけど、予算以外で何か理由があるのでしょうかね?

 ところで、三浦教会にも不思議があるのです。

 これだけの規模の教会であるにもかかわらず、この教会堂の設計者、施工者とも不詳なのです。。

 第二次世界大戦の佐世保大空襲で、佐世保は焼け野原になったのですが、この三浦教会は、外壁を黒く塗ることで、爆撃から逃れたそうなのです・・・すごいですね。。
 であれば、竣工当時の資料も残っていて不思議ではないのですが・・・
 どうして、不明になっているのでしょうか??

 この当時、これだけの教会建設ができた業者は、何社あったのでしょうか?
 たぶん数社(2~3社程度)ではないでしょうか?
 その証拠に、九州では、多くの大型教会を鉄川組が建設しているのです。。たぶん九州では選択肢はあまりなかったに違いありません。
 もし、鉄川組の仕事ではないということなら、関西か関東の建設会社にでも依頼したのでしょうか??

 三浦教会の不思議、これから取材などしてみたいと思います。。

    (2013.3.22/LeicaM8+CarlZeissPlanar50mmF2)

 
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宝亀教会(ユネスコの世界遺産暫定リスト教会)

宝亀教会(ユネスコの世界遺産暫定リスト教会)

 宝亀教会は、ユネスコの世界遺産暫定リストへ掲載が決まった教会です。構造は、木造平屋ですけど、前面のみ煉瓦造になっています。またマテラ神父の指導で明治31年建設とかなり古いものらしいです。

 撮影日に告別式がとりおこなわれていたので、取材は断念しましたが、地元の方々が実際に参列されているようすを見ると、当たり前のことなのでしょうけど、ここは博物館でも、名所旧跡でもなく、地元の方々のための教会なんだなあと、しみじみ感じられました。そして、それほど大きな教会ではないようですが、歴史と信徒の方々との密接度を感じました。。

 ところで、世界遺産登録リストの基準は何なのでしょうか?これが今日の疑問です。。
 煉瓦造の建物が多いようですが、煉瓦造になっていることも基準になっているのでしょうか??
 基準を知りたいです。。。

  (2013.3.20/LeicaM8+NoktonC.35mmF1.4)
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ファティマの聖母と紐差教会(幻の紐差教会)

ファティマの聖母と紐差教会

 今日は、平戸の紐差教会へ行ってきました。。

 紐差教会は、浦上天主堂が再建されるまで、日本最大の教会だったそうです。
 そして、この教会には、ある興味ある事実があったのです。。

 この教会は、現在鉄筋コンクリート造で昭和4年竣工なのですけど、それ以前は煉瓦造で大正8年竣工だったそうなのです。なんと約10年で建て替えしているのです。たった10年?なぜ?って思いますよね。。

 煉瓦造の教会の建築費は不明ですが、この鉄筋コンクリート造の教会は6万3千円(現在換算6億3千万円)の費用がかかっているそうです。見てわかるとおり、教会は装飾が多く、莫大な費用がかかるわけです。。

 ではなぜ、たった10年程度で、煉瓦造の教会を壊してまで、鉄筋コンクリート造の教会にする必要性があったのでしょうか??

 これは推測ですが、平戸の程近くに、大正7年竣工の田平教会という教会があります。
 私も3月11日に撮影させていただいたばかりなのですが、素晴らしい教会でした。。竣工時期がほぼ同じで、同じ煉瓦造の建築物であれば、比較されることは、間違えありません。

 ここから推測しますと、紐差教会の方が、評判が低かったのでしょう・・・
 でも、地元の紐差の信徒の方々は、これが許せなかった・・・
 当時は、まだ平戸藩の御膝元の紐差と漁村の田平で、紐差が負けることなど許せなかったのではないでしょうか・・・
 負けず嫌い、平戸藩地元のプライド・・・、たぶんそんなこんなが理由で、建て替えの声が高まったのかもしれません。。

 この当時、鉄筋コンクリート造の教会などほぼ無く、ごく稀に鉄筋コンクリート造の学校があったぐらいの時代です。鉄筋コンクリート造の教会を作れば、田平教会を凌げる。。
 そう考えたのではないでしょうか。。。

 藁ぶき屋根の村落の中に、現在よりも少し濃いグレーの鉄筋コンクリートの巨大で荘厳な教会が村を見下ろす高台に完成し、当時は、びっくりするくらい巨大な建造物だったに違いありません。。

 そして、信徒の方々は「やっと勝つことができた」と思った、、いいえ「威信が守れた」と言った方がよいかもしれません。。兎に角、最新鋭の教会を作ったのです、、私は、そのパワーに私は痺れたのでした。。。

 現在、田平教会は世界遺産登録リスト入りし、紐差教会は外れてますけど、それは結果です。
 私は、鉄筋コンクリートの教会にしたことが誤りだったとは、思っていないのです。。
 木造建築から煉瓦造へ、そして鉄筋コンクリート造になる流れは、その当時にもあったと思うし、強度とかコストとか考えれば、当然の選択だったと思うのです。。

 世界遺産になるかならないかより、完成から10年で取り壊された「幻の煉瓦造・紐差教会」がどのような姿だったのか?建て替えの真実の理由は何なのか?を明らかにして、「幻の煉瓦造・紐差教会」の存在を明らかにすることの方が、大切なことだと思うのです。。

 それから、どうも幻の紐差教会もこの鉄筋コンクリートの教会もそして田平教会も、鉄川組の建設らしいのです。ここら辺りから、「幻の煉瓦造・紐差教会」の資料が入手できないものか、調べてみたいと思います。。
 それから、県立図書館に資料が残ってないでしょうか??まずはここらあたりから・・・

 「幻の煉瓦造・紐差教会」の幻の写真、是非、見てみたいものです。。

  (2013.03.20/FujifilmXpro1+U.W.Heliar12F5.6)
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双子の尖塔(ハウステンボス)

双子の尖塔(ハウステンボス)

先日受講したNEX5R講習会で撮影した一枚。。
良く見ると、双子の尖塔の高さって、違うんですね。。

ハウステンボス開業から20年、毎年行ってますけど、
初めて気がつきました。。

それは兎も角、夕方の双子尖塔がたまらなく大好きな私です。。

  (2013.03.16/SonyNEX-5R)
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子ヤギと少女

やぎと少女


 子ヤギに餌をあげている少女・・・
 「ちょこん」としゃがんで、子ヤギの目の高さに自分を合わせて、、
 「心配しないで・・・大丈夫だから・・・」って声が、聞こえたような気がしました。。

 小さくても母性ってあるんだなあーって思いながら、、
 そして、二つのかわいい命を見守りながら、
 「このまま素敵に、大人になってね」って願う、私でした。。

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NEX-5R講習会inハウステンボス・参加しました!

NEX講習会参加しましたー!
(画像の一部が隠れています。画像をクリックすると拡大します)

今日は、カメラのきたむら主催のNEX-5R講習会に参加してきました。
講習会の場所は、ハウステンボスです。

ご指導は、写心家の山路和彦先生。。
とてもわかり易い説明で楽しかったです。ご指導ありがとうございました&お疲れ様でした。。
たまには、講習会に参加するのも楽しいですね。。みなさんも是非!!

写真のモデルの方は、カメラのきたむら長崎道ノ尾店の女性スタッフの方です。。
女子カメラ風に、かわいく撮れました。。。。
ありがとうございました。。

(2013.03.16/SonyNEX-5R)
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聖イエス・キリスト像と平戸天主堂

聖イエス・キリスト像と平戸天主堂
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 平戸天主堂には、「聖イエス・キリスト」像が建っていて、ゴシック調の様式と相まって、荘厳な雰囲気が感じられました。両手を開いて、何人も迎え入れますよーって姿に、感銘を受けます。
(フランシスコザビエル像は、建物の向かって左、聖イエス・キリスト像は建物の斜め前に設置されています)

 「聖イエス・キリスト」像が迎え入れるイメージの像に対して、聖母マリア像は、両手を合わせた祈りのお姿が多いように感じます。やはり、それぞれが伝いたいことを表現しているのでしょうか。。。

 先日訪問しました田平天主堂には、建物外に聖イエス・キリスト像はありませんでした。その代わり「ルルドの聖母」像、つまり「聖母マリア像」がありました。
 どうして違うのか、その理由はわかりませんが、なんらかの意味があるのでしょう。。
 平戸、田平という隣接した教会群の二つの著名な天主堂の像が、キリスト教の信仰される聖イエス・キリスト像と聖母マリア像ということで、特色を出そうとしているのかもしれません。。

  田平天主堂(聖母マリア像)
  平戸天主堂(聖イエス・キリスト像+聖フランシスコ・ザビエル像)

 それから、共通点ですけど、両方の天主堂には、ルルドの泉があり、そこには少し小さい聖母マリア像が両方の施設にありました。。(ルルドの泉は奇跡を起こすらしいですね。。お祈りだけ、させていただきました。。)
 ルルドの泉についてもっと知りたくなりました。まだまだ沢山ある他の天主堂にも行ってみないとわからないと思いますので訪問してみたいと思います。。
 なんとなく日本人の感性に近いものが感じられるのです。例えば、神社には手洗い場があります。同じ聖なる水です。日本人は、「清めの儀式」を重んじるからとか、考えたりもしました。。。

 最後に、江戸時代、長崎はキリスト教徒の信者が多かったこともあり、迫害を受けた方も多かったと聞きます。
 そして、それを逃れるために、離島へ渡られた方も多かった。。。そんなこと考えてたら、、今度は隠れキリシタンの聖地、五島へ行ってみたくなりました。

 歴史や文化を「行って、見て、聞いて、感じて」写真に写す、私のささやかな旅は、まだ始まったばかりです。。。

 皆様の、ご感想とかご意見、教えていただけたら嬉しいです。。お待ち致しております。。。

   (2013.3.14/SonyNEX7+UltraWideHeliar12mmF5.6)
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登り窯 (波佐見焼・中尾山)

登り窯 (波佐見焼)
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「中尾山にも、登り窯があるのでしょうか?」と、地元の方に尋ねたら、、あ、ありました。。これです。

400年前はこの登り窯が主流だったそうです。
やはり、すごい!
古いものではないそうですが、形に歴史、感じます。。
実際に使っている「煤の跡」がついていて、「たまに使っている」からだそうです。
実用出来る「登り窯」って、全国でももうあまり無いはず。。。

これに火が入り、薪を入れて、何日も徹夜で見張るんです。。
陶芸を志す方なら、一度は経験を。。。
波佐見には、合宿所もあるので、志す方も興味だけの方もどうぞ。。

現在の主流は「ガス窯」、時代とともに道具は変われど、
昔ながらの窯焼きに拘る方もいて、、、
焼き物って、深いなあと思いました。。

ところで、波佐見焼は磁器なのだけど、陶器とどう違うの??って思っている方いませんか??
陶器は、陶土って土で作る。表面はざらざらして、上絵付けは困難。
磁器は、陶石を水車(今は機械)で粉砕した粒子を練って作ったもの。石だから硬い。表面はつるつるで上絵が描きやすい。こんな違いだそうです。。

今日は、オーナーのご厚意により、神聖なる窯焼きの作業場を撮影させて頂きました。
本当にありがとうございました。
次は、火が入って、熱く焼け、火が噴き出している登り窯の写真を撮ってみたくなりました。。

それにしても「波佐見って、親切な方が多くて、素敵な街だなあ」とつくづく思いました。。

  (2013.3.15/SonyNEX7+UltraWideHeliar12mmF5.6)
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大正末期頃の三本の煉瓦の煙突(中尾山)

大正時代末期頃の煉瓦の煙突(波佐見町中尾山)
(画像の一部が隠れています。画像をクリックすると拡大します)

 波佐見焼の里・中尾山に行ってきました。

 波佐見焼の歴史は古く、400年の伝統工芸らしいです。
 中尾山から良質の陶石がとれたので、陶工達が集まったのだとか・・・
 現在、中尾山を見ますと、陶石で白くなっている場所があります。
 (写真の中央の山の頂上より少し下あたりが、白いでしょ、これが陶石ですよ!)

 地元の方に、「古い煙突を教えてください」とお願いしたところ、この写真に写っている3本の窯焼きの煙突が現存する最古の煙突群とのことでした。。だいたい大正13年~14年頃のものらしいです。。
 よく戦争を乗り越えて、現存してくれましたね。。素晴らしいです。。

 三本の煙突を良く見ますと、一番左側の煙突だけ細いです(これが中尾山の最古の煙突らしいです)
 理由を聞いてみますと、当時の陶工の拘りらしいです。。
 好みの温度にするためとか、いろいろな考えがあって煙突にも拘ったのだろうと思いました。。

 中尾山は、焼き物の里の情緒がたっぷりで、私の大好きな街の一つです。
 階段や坂が多く、お年寄りには大変そうでしたが、地元の方曰く・・・
「おかげでみんな足腰が強くなって、みんな元気で長生きなんですよ」と教えていただきました。。

 何事も前向きな中尾山の住人さん。
 こんな方が住んでいる「中尾山」に、私は、何か力強さを感じました。。。。

  (2013.3.15/SonyNEX7+UltraWideHeliar12mmF5.6)

 
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聖フランシスコ・ザビエル像と平戸天主堂

聖フランシスコ・ザビエル像と平戸天主堂
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 平戸天主堂は、昭和46年に本天主堂の横に聖フランシスコ・ザビエル像が建立されたため、別名「フランシスコ・ザビエル記念聖堂」とも呼ばれているらしいです。

 フランシスコ・ザビエルといえば、キリスト教伝来で有名ですけど、内心疑問に思っていたことがありました。
(1)フランシスコ・ザビエルは、日本(薩摩/鹿児島)に初めてキリスト教を伝えた偉人として有名ですけど、ザビエルは、なぜ鹿児島を選んだのか?ということ。

(2)鹿児島で布教がうまくいかず、次の候補地として平戸を選んだのはなぜか?ということです。

(1)薩摩を選んだ理由は、ザビエルは、ヤジロウ(弥次郎:日本人初のキリスト教徒・殺人を犯し国外逃亡中ザビエルの弟子になった)という薩摩出身の日本人信徒を同行させ、案内人兼通訳としたため、案内人の土地勘から薩摩が選ばれたようです。なんとなく、もっと政治的な理由を考えていたのですが、調べてみると・・・(まだ他の理由もあるかもだけど・・・)

(2)1550年7月にポルトガル船が鹿児島ではなく平戸に停泊したことを契機に薩摩藩主島津貴久公はキリスト教を禁止するのですけど、これは平戸藩主松浦隆信公がポルトガルとの貿易を切望し、ポルトガルがそれに答えた結果、平戸に停泊したのだと思います。平戸藩主が積極的にポルトガル船を受け入れてくれるなら、キリスト教も・・・とザビエルは考えたのではないでしょうか?調べてみた結果、これが次に平戸を選んだ理由だという結論に至りました。。今のところ・・・

 その後、平戸は貿易港として発展し、後に長崎に繋いでいくことになるのであります。平戸藩主松浦隆信公は、先見の明があったようですね。。すごいです。。

 もし、平戸藩主松浦隆信公がポルトガルとの貿易を誘致しなかったら、江戸時代、鹿児島が貿易の窓口になっていたかもしれませんね・・・

  (2013.3.14/SonyNEX7+UltraWideHeliar12mmF5.6)
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平戸のオランダ商館(東インド会社日本支社)

平戸オランダ商館

 オランダ商館とは、オランダ東インド会社の日本支社のことだそうです。日本における最初のオランダ商館は、この平戸オランダ商館で、1609年に設置されました。
 長崎の出島にあるオランダ商館が有名なのですが、出島のオランダ商館は1641年に平戸から移転したもので、元々は平戸にあったのです。

 移転した理由は、簡単にいうと、オランダ人は平戸藩士が怖かったからではないかと思うのです。当時、オランダ人と平戸藩士とのトラブルが起きており、何人ものオランダ人が切り殺されています。また、オランダ人からの提案にNoを言ったりと、従順でないことも理由だったかもしれません。例えば、台湾(オランダ領)との貿易する場合、オランダに10%の関税を支払うことについて、中国はOKしたそうですが、平戸藩はNoと言っています。
 また、平戸オランダ商館が平戸城のすぐ近くであったことも理由ではないかと思います。だって、なにか事件が起こるとすぐに、日本刀を持った平戸藩士が大勢駆けつけてくるって怖いじゃありませんか。。。

 そこで、長崎に移転させたのではと思うのです。
 大村藩は、平戸藩士より従順だったのかもしれませんし、長崎は大村城から遠く(歩くと1日はかかる)、すぐに大勢の藩士がやってきて、斬りかかられるという心配も少ないと思ったのではないでしょうか。。。
 威勢の良い、平戸藩士のイメージが浮かびます。。。

 この時代は、ポルトガル、オランダ、イギリスが東洋での貿易の主導権争いを行っていた時代。。
 台湾はオランダが占領し、マカオはポルトガルが占領していました。こういう時代ですから、いつ戦争になってもおかしくない。。日本は戦国時代ですが、秀吉にせよ、家康にせよ、戦々恐々だったに違いないと思うのです。。そして、この二人、秀吉は海外出兵し、家康は鎖国をする。。全く逆の行動ですよね。。

 この時代における、平戸の重要性って、すごく大きかったのではないでしょうか。。。
 平戸からの情報が国際情報のすべてであったかもしれません。。。

 もし、オランダ商館が平戸から長崎に移転していなかったら、たぶん長崎県ではなくて、平戸県となっていたと思います。県庁所在地も平戸か田平あたりに。。

 平戸港の斜め前に建つオランダ商館の写真を撮影しながら、「すごいぞ平戸!」と思いました。。。

 それから、今日の撮影ですけど、平戸オランダ商館には来場者用駐車場がありませんでしたので、車の中から「パチリ」しました。。寂しかったので、邪魔にならないような小さなかわいい車を入れて・・・

  (2013.3.14/SonyNEX7+UltraWideHeliar12mm/5.6)
 
 
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平戸大橋の夕焼け

平戸大橋の夕焼け

 田平天主堂の聖母マリア像に別れを告げて、近くの赤く染まった平戸大橋へ・・・

 平戸は、元々は長崎県の、少なくとも県北の中心地でした。
 佐世保は日本海軍鎮守府ができてから発展した歴史の浅い都市ですし、長崎だって、出島にオランダ商館ができるまでは大したことなかったと思うのです。。

 平戸は城下町であり、歴史も文化もあります。。
 特にキリスト教徒の故郷ともいえる町で、教会の数も人口割合でいえば、日本1だと思います。。

 その平戸には、長く橋が架かっておらず、海上タクシーやら、フェリーやらで、渡らなければならなかったのです。実質上の鎖国政策ですね。。そしてこの平戸大橋が完成し、平戸は開国されたと思うのです。。
 この橋には、そういう意味合いを感じます・・・

 この橋を渡り、平戸の歴史的文化に触れ、その文化を記録できればいいなあ~などと考えながら、夕日に染まる平戸大橋を撮影したのでした。。。

  (2013.3.11/LeicaM8+CarlZeissDistagon18mmF4)

  
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夕日に祈るマリア像

十字架に祈る夕日の聖母マリア像

 田平天主堂の玄関口からの撮影です。

 中央にある十字架は、門柱の上についているもので、これが聖母マリア像の正面にあり、とてもいいですね。。
 きっと、大正3年に建設始めた時に、宣教師が設計したのでしょう、、

 夕日に祈るマリア様は、信者ではない私が見ても、神々しく見えました。。

  (2013.3.11/LeicaM8+CarlZeissBiogon28mmF2.8)
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ルルドの聖母像に迫る十字架の影

十字架の影


 ルルドの聖母像(聖母マリア像)に十字架の影が伸びています。。

 残念ながら、この日は、聖母像の胸の位置に、十字架の影はきてくれなかったのですけど、1年のうちに一定の間だけ、聖母像が十字架を胸にする時があるのだと思うのです。。。
 だれも、十字架の影のことなど計算して建築していないだろうに、、なんだか神秘めいたものを感じますね。。

 いつか、きっと撮影したいと思います。。

  (2013.3.11/LeicaM8+CarlZeissDistagon18mmF4)
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聖地エルサレムに向かって祈るルルドの聖母

聖地エルサレムに祈るルルドの聖母像(ヨハネ・パウロⅡ寄贈)

 聖地エルサレムに向かって祈るルルドの聖母像の先には、偶然かどうか、十字架のついた門があり、聖地の方に沈む夕日に向かうルルドの聖母像は、とても美しかった(ヨハネ・パウロⅡ寄贈)。

  (2013.3.11/SonyNEX-7+CarlZeissDistagon18mmF4)
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ルルドの聖母像と田平天主堂(国の重要文化財)

ルルドの聖母像と田平天主堂
(サムネイルの画像の一部が隠れています。画像をクリックすると拡大します)

 今日は、江迎町に行く用事があったので、少し足を伸ばして、平戸市にある田平天主堂に行ってきました。

 田平天主堂は、国の重要文化財に指定されており、世界遺産に登録される候補になっている素晴らしい施設なのですが、どこがどう素晴らしいのか、私自身良く分かっていません。今日は、いろいろな勉強を含めて、訪問してきました。

 田平天主堂は大正3年に建設を始め、大正7年に竣工したようです。工事は宣教師の指導のもと、信者によって煉瓦を積み重ね工事が行われたそうです。教会横の敷地には、貝殻を粉砕して漆喰に混ぜる作業場が保存されていました。
 これだけの大きな施設ですから、建設工事は大変だったと思います。残念なことに工事中の事故で亡くなった方が2名、重症者が3名おられたそうで、教会の脇に亡くなられた2名の慰霊碑が作られていました。
 まさに信者の汗と命で作られた教会だといえると思います。

 また、このルルドの聖母像は、ヨハネ・パウロⅡ教皇が来日されたときに贈られたものだそうで、大変貴重なお品だそうです。お顔を見ますと、ほんとにお美しい聖母像だと思います。

 今日訪問して、田平天主堂がなぜ素晴らしいのかについて、少しだけわかりました。本当に素晴らしい施設だったんですね。。(不勉強で情けないです・・・)もう少し理解を深めたいと思いますので、また近々訪問したいと思います。

 (2013.3.11/SonyNEX-7+CarlZeissDistagon18mmF4)
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水門管理塔とホテルヨーロッパの夜景

ホテルヨーロッパの夜景

 ハウステンボス施設内には、水門の開閉、運河にかかる跳ね橋の開閉のための管理塔が随所にあります。そしてこれがとってもカッコイイのですよー。特に私はホテルヨーロッパ前にある水門管理塔がお気に入り。。

 実は、このホテルヨーロッパ、上空から見ますと「ロの字型」のホテルで、中庭ならぬ中海を持ち、そこには船着き場があるのですよー。そして、クルーザーは、この跳ね橋を通って、ホテルヨーロッパの中まで入れるようになっているのです。跳ね橋は写真の下の方に見える手すりのところが橋です。ここが斜めにガーっと上がって、船が通るのです。その間、人も車も待っていることになります。踏切みたいな感じですね。
 つまり、この場所は、ホテルヨーロッパの事実上の玄関口ともいえる場所なのです。
 なんともオシャレですねー。

 という理由で、実質の玄関である管理塔とホテルヨーロッパをセットにして撮影したのでしたー。。

 ところで、ライトアップの話ですけど、ハウステンボスのライトアップは、ラスベガス風の派手なものより、こんな黄金色の落ち着いた感じが似合うと思うのです。だから、この付近はとても落ち着いた感じになっているのでしょうー。ほんと、考え抜かれている感じです。。。
 
 (2013.03.7/LeicaM8+CarlZeissDistagon18mmF4)

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海風との戦(いくさ)

海風との戦(いくさ)

海水浴、潮干狩り、砂遊び、ピクニック・・・
砂浜は憩いの場である。。
我々には・・・

木々にとってはどうなのだろう?
土壌はやせ、塩水を被り、渇いた季節が続く、、海風は強く、折れる枝多し。。
まさに、過酷な環境である。。

でも、そこで、踏ん張っている
逃げたくても、逃げることはできないのだ。
生きるか、死ぬかの戦い。。

強風で、幹まで曲がってしまっても、雨が降らなくても、
じっと耐え、黙って、命を賭けて生きてる
そうか、必死に生きるって、こういうことだったんだ。。。

 (2013.03.5/LeicaM8+CarlZeissBiogon28mmF2.8)
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